幸せになるために不幸になる 。幸せになり続けるには?

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以前、支出額のボラティリティを上げる。に書いたように、感情に訴えかけるには感情の起伏を大きくする必要があります。

そして、最近ふと思ったのですが、幸不幸を感じるためには同じように、幸せと不幸をいったりきたりしなければならないのではないでしょうか。

たとえば、朝起きてご飯を食べてその後することが何もない、といったなんてことはない日であっても、

ブラック企業のサラリーマンにとっては幸せな日

ニートにとっては普通の日、

人生を謳歌している人にとっては不幸な日

になります。

「激務」という不幸な出来事がなければ、

「休日」は幸せな出来事になれないのです。

幸せになるためには不幸な出来事が必要

と考えると寂しくなりますが、悟りを開いていない凡人にとっては、これが事実です。

幸せは単独では、存在しえないようです。

また、他の事象も同じように、

美味しい食べ物は、不味い食べ物の存在が必要

好きな人ができるためには、嫌いな人の存在が必要

金持ちになるためには、貧乏な人の存在が必要

晴れの日があるためには、雨の日の存在が必要

美人がいるためには、ブサイクの存在が必要

生きるためには、死の存在が必要

・・・・

そう思うと、どんなことでも世の中に必要ですね。

幸不幸の話に戻しますが、幸せには不幸が必要で、不幸には幸せが必要であるならば、

不幸な出来事が起こったときは、それは幸せな出来事になりますし、

幸せな出来事が起こったときは、それは不幸な出来事になるのです。

ここで、幸せになり続ける方法を考えてみましょう。

1つ目は、盛者必衰の理を超越すること。

ハッピー度数(数値が高いほどハッピーな出来事)を設定して、

ゼロからスタートしたとき、

0 → 1 → 2 → 3 → ・・・ → 10 → 1

と徐々に上がっていって、最後に1に戻った場合、

始めの0のときよりも幸せな状態にいるにも関わらず、

10から1に落ちるショックによって、不幸に感じてしまいます。

幸せになり続けるには、落ちてはいけません。

0 → 1 → 2 → 3 → ・・・ → 10000

これで、常に幸せです。やったね\(^^)/

(子育ての幸せって、子供が徐々に大きくなっていくというこの逓増タイプの幸せのような気がします。 )

2つ目は、主観と客観を切り替えること。

実際の世の中は、

0 → 2 → 3 → −1 → −3 → 0

みたいに、幸不幸な出来事はばらばらでやってくるでしょう。

ここで、それらの出来事に合わせて、主観と客観を切り替えるのです。

幸せな出来事が起こったときだけ、主観で幸せを感じる、不幸な出来事が起こったときは、「不幸なことが起こっているなぁ~」と客観視して感情を無視すれば、幸せだけ抽出できます。

3つ目は、悟りを開くこと。

本当の幸せがそこにあるかもしれない。私は知りませんが。

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