日本の会社を辞めた私が再び日本の会社で働くことについて

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実家に滞在中です。中学校の友人と会ったときに日本で就職するつもりであることを伝えると、「Maoはてっきり海外で働くと思っていた」と言われました。実際、私はこのブログの過去記事でも日本企業で働くつもりはないと言っており、海外就職に気持ちは大きく傾いていました。読者の方にも「なぜ海外で働かないんですか?」と尋ねられたりします。

ということで、日本で働くことにした理由をつらつらと。

スキルを身につけるため

今だに同じ企業で定年まで働き続ける気概はまったくありません。そもそも2年間ブラブラしていた私を保守的な企業は雇わないでしょうし、私のほうもそのような終身雇用を当てにしている人々がたくさんいるような企業に魅力は感じません。そもそもそんな時代ではないと思うんですよね。

終身雇用を信じて、東の芝生で寝転がったりランチを食べたりしてぬくぬく生活できないのです。

働こうと思った理由の1つは、汎用的なスキルを身につけるためです。前の会社ではその部署でしか通用しないスキルは身についたのですが、転職に活かせるスキルを身につけることはできませんでした(独学で学んだ中国語は別)。今後は、企業に雇われやすくなるような汎用的なスキルを身につけておいたほうが、人生の選択肢が増えるという判断です。

そのスキルが自分に向いていない場合は無意味なのですが、自分にはこれが合っているのではないかと思える分野があるので、それを修行のつもりで身につけようと思った次第です。

スキルさえあれば、どこで働こうとも関係ありません。それこそ海外でも働けます。そして、学びの効率を考えるなら、海外よりも母国語が使える日本のほうが良いでしょう。

海外旅行は精神力回復のためのオプション

放浪し続ける生活、たとえばノマドワーカーに憧れた時期が私にもありました。私は仕事もせずにただ放浪し続けたので違いはありますが、それでも海外生活を3ヶ月もしていると日本に帰りたくなります。

ただ、旅で一瞬だけ味わうことができる非日常のきらめきや、知らない街を歩いているときのワクワク感、旅からそういった気分を持ち帰ることで、また平凡な日常を少しだけやっていくことができる。そのために旅というものはあるのだろう。

パタヤへの憧れは黄昏(たそがれ)に変わり、パタヤの非日常は日常と化し、私は2年分歳をとりました。

パタヤに黄昏が訪れるとき
パタヤに青春を感じる

今後は、平凡な日常を乗り切るための精神力を回復するオプションの1つとして、海外旅行を利用する予定です。

変化をする

会社を辞めて何かが変わるかもしれないと思っていた自分がいました。

「会社を辞める」というギャンブルジャンキーな一手。ランダムネスに魅せられて

この2年間で特に何も変わりませんでした。私が期待していたような、私が予測できなかった大きな出来事は、結局起こりませんでした。ポジティブなブラック・スワンはありませんでした。

日本で働くことというかそもそもまた働くことについてですが、このまま無職を貫くよりも、もう1回就職したほうが将来の選択肢が増えるという判断です。

私がどこに向かっているのかわからないでしょう。私自身もわかっていません。

日本人の女の子と付き合いたい

日本人の女の子と付き合いたいです。海外にいるときに日本人の女の子を全然見かけなかったので、もしかしたら日本人の女の子は地球上から絶滅したのかもしれないと思っていましたが、日本にたくさん生息していました。

とりあえず、ドラゴンクエスト11をクリアしたら本気を出す。

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